2月 28
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昨年2010年11月に、Twitterでスタンフォード大学のビジネス・スクールで勉強されている @sutebuu さんの↓のブログ記事を目にした。

起業に失敗しても懲りずに頑張る人のお話

「有名な」「偉大な」「成功した」起業家の話は世に溢れているが、こういう話は案外貴重だ。成功も失敗もしていない人というのが客観的な当事者の話をできる人なのかもしれない。 @sutebuu さんに多謝。

このブログ記事で、マーク・アンドリーセン(Marc Andreessen)氏が”Why not to do a startup”というブログ記事が紹介されていた。

マーク・アンドリーセン氏といえば、Netscape創業者で、初の商用ブラウザNetscapeを開発し、1995年に上場して億万長者となり、Web 1.0時代の寵児だった方だ。マイクロロソフト社のInternetExplorerの猛追を受けて失速して存在感を落とした印象があるが、その後もシリアル・アントレプレナーとして会社の上場・売却も成功しているし、ベンチャー・キャピタリストとしても活躍されている。最近では確かTwitterにも投資している。

マーク・アンドリーセン氏の閉鎖してしまった個人ブログ記事の”Why not to do a startup”が非常に興味深く、多くの人に読まれる価値があると思ったのだが、日本語訳がない。そこで、Twitter上で翻訳ボランティアを募ってみた。

Jun SATO 佐藤 純

@j_satoJun SATO 佐藤 純
【緩募】 ネットスケープ創業者Marc Andreesen氏のブログポストの日本語翻訳: Why not to do a startuphttp://bit.ly/dk4jBa 非常に良ポストで日本語でも読めると嬉しいです。見つからなければ自分でやります。。

http://twitter.com/#!/j_sato/status/2648977207984128

手を挙げていただいたのが、 @teeteebryan @myagura @jun_y @GkEc の4人の方。皆さん多忙なので日にちはかかってしったが、募集してから3ヵ月して翻訳が完了。多謝。西田 (@GkEc) さんには一度も会ったこともなく、誰とも1回も打ち合わせすることなく、Googleドキュメントで翻訳が進められた。

The Pmarca Guide to Startups, part 1: Why not to do a startup

上記リンク先を翻訳したのが以下。

マーク・アンドリーセンによる起業ガイド(1): 『ベンチャーなんてやめておけ』

今回のコラムシリーズでは、私自身が複数のハイテク・ベンチャーを創業する中で蓄えてきた知識や経験を、順を追ってご紹介していくことにする。

ちなみに、私はこれまで、仲間たちとともに3つのベンチャーを立ち上げた経験がある。1998年にAOLに42億ドルで売却したネットスケープ、時価総額がおよそ10億ドルに到達した上場ソフトウェア企業・Opsware(旧社名Loudcloud)、そしてまだ創業して間がない一般消費者向けのネット企業・Ningだ。

もっとも、それなりの付き合いをしてきたベンチャーという括りでいえば、その数はもっとずっと増える。1994年にシリコンバレーに来てから、少なくとも40~50社とは、「したり顔」で内情を説明できる程度には深い関わりを持たせてもらってきた。関わり方は、取締役としてだったり、エンジェル投資家だったり、アドバイザーだったり、創業者の友人だったり、ベンチャーキャピタルファンドへの投資家だったり、色々だけれども。

今回のシリーズコラムでご紹介するのは、これまで私が、シリコンバレーで多種多様な規模/業種のベンチャーと関わる中で学んできた教訓だ。従って、ここに書くことが、私自身が立ち上げた特定のベンチャーについて語っているものだとは、くれぐれも思わないでいただきたい。むしろ、(具体的に会社名を挙げることはしないけれども)私が「創業者以外の形」で関わってきたベンチャーで見聞きした経験をもとに話しをしていくつもりだ。

最後に一点。私の視点や考え方は、シリコンバレーとここを取り巻く環境—カルチャーや働く人、ベンチャー・キャピタルの存在などなど—の上に形作られているものであり、全てが他の地域や国で通用するとは、当然思っていない。従って本稿は、「買手責任負担の原則に基づき、読み手の判断で咀嚼していただきたい」と思う。

さて、いろんな前提が片付いたところでさっそく本題に入ろう: 「ベンチャーなんてやめておけ」。

ベンチャーは神秘的な雰囲気で溢れている。ベンチャー企業を立ち上げることがどんなに素晴らしいことか、どんなに楽しいことか、未来を作るとはどういうことか、タダになる食事代、サッカーゲームができる机、などなど、そんな話ばかり目にしてきた。2000年のITバブル崩壊の時でさえもそうだった。

確かに、ベンチャーには素晴らしいことが山ほどある。私の経験によれば、例えばこんなことだ。

何よりもまず、自分自身の運命をコントロールすることができる。成功するのも失敗するのも自分次第であり、あれこれ指示する面倒なやつもいない。これだけでも起業する理由として十分な人もいる。

そしてよく言うあれだ、真っ白な紙の上に「新しい何か」を作れるチャンスというやつ。「無」からある製品を生み出す力―いや、義務というべきか―を、大企業的なしがらみ抜きに得ることができる。

ベンチャーを立ち上げれば、新しいコミュニケーション手段・あるいは情報共有のためのツール・もしくは新たな働き方などなど、「世界をより良い場所にする」ためのあらゆるインパクトを与えるチャンスが得られる。低所得者たちがもっと簡単にお金を借りられるようにしたい?だったら「Prosper」社を立ち上げたらいい。テレビにはもっともっと無限にチャンネルがあるべきだと思う?それならぜひ「Joost」社を。コンピューターはUnixベースのオープンなものであるべきで、知的所有権にガチガチに守られたものであっちゃいけないはずだ?それであれば、「Sun」を立ち上げればいい。

理想的な企業風土を作り、自前で集めた「ドリームチーム」社員たちと働くことだって当然可能だ。楽しむことが大好きで一緒に仕事をしやすいやつらと働きたい?遊びも仕事もめちゃくちゃ頑張るやつらを集めたい?もしくは、革新的なロケットテクノロジーの開発に没頭したい?それとも、起業したその日からグローバルな視野をもって働きたい……?選ぶのは自分だ。好きな風土を自分で作り上げて、それに合う人材を自分で集めてくれば良いわけなんだから。

そして最後に、お金の問題だ。ベンチャー立ち上げをうまくやれば、当然、大儲けすることができる。これは単なる個人の欲望を満たせるってだけの話じゃない。物事がうまく運べば、チームのメンバーや社員の実入りも増えて、彼/彼女らの家族を支え、子どもたちの大学進学費用を捻出し、「夢」を与えることができる…これはものすごくクールなことだ。さらに運に恵まれれば、世界をより良い場所に変えるという、深遠かつ素晴らしい社会貢献をすることだってできるのだ。

ところがだ。「ベンチャーをやるべきじゃない」という方の理由は、これ以上にもっともっとたくさんある。

やるべきじゃない最初の理由(そしてこれが最も重要なポイントでもある)。それは、ベンチャーを始めると、これまでのいかなる経験とも似つかない、「感情のローラーコースター」に乗る羽目になる。

意気揚々と「自分は世界を征服する!」と確信したすぐ翌日に、「この世の終わりが数週間後に迫っている…」と絶望的な気分になったりする。

そんな日々が、何回も、何回も、繰り返される。

しかもこれは、情緒不安定な起業家ではなく、しっかりとした起業家にこそ起こる現象なのだ。

起業家がやる事実上全てのことに、あまりにも大きな不確実性とリスクが存在している。製品は期日までにちゃんと納品されるだろうか?遅すぎと言われないだろうか?大量に不具合が発生したらどうしよう?製品は使いやすいものになっているだろうか?はたして買ってくれる人はいるだろうか?競合相手に勝てるだろうか?マスコミは取り上げてくれるだろうか?投資してくれる人は見つかるだろうか?目を付けているあの敏腕エンジニアは入社してくれるだろうか?大事なユーザーインターフェースデザイナーGoogleに転職しちゃったりしないだろうか?…………などなどなど、とにかく心配事が尽きないのだ。

何もかもが最高にうまく進む日々もあれば、とにかく何一つうまくいかない日々もある。起業家がさらされそういった一時的な状態は、起業家が抱えているストレスによって、さらに信じられないぐらい高いところから信じられないくらい低いところへ、ムチウチになるようなスピードで行ったり来たりすることになるわけだ。

おもしろそうに聞こえるかい?

そして2つ目。ベンチャー企業では、全てを自分自身が始めない限り、一切何も始まらない。

創業者もその社員も、だいたいこれに面食らう。

既存の大手企業では、どんなに経営が酷くても、みんなのやる気がなかったとしても、業務は発生する。とにかく放っておいても次々業務が生み出されるのだ。社員は仕事をしに出社してくる。コードが書かれる。ユーザーインターフェースがデザインされる。サーバーがセットアップされる。市場が分析される。プライシングが研究され、決定される。営業電話がかけられる。ゴミ箱は空にされる。などなど。

ところが、こういった既存の企業ならどこでも持っている仕組み・リズム・インフラを、ベンチャー企業は一切持っていない。

ベンチャー企業においては、コードが書かれない、ユーザーインターフェースがデザインされない、社員が出社してこない、どんどんゴミがたまっていく…なんてことが当然のように起きる。

創業者としてのあなたは、会社の基本的な決まりごとからルーティン業務のやり方までをゼロから作り上げて、みんなが実際にボートを漕ぎ出せる環境を作り上げていかなければならない。漕いでいる方向が正しいかなんてことを気にする余裕はないだろう。だってスタート時点では、「まず漕ぎ出す」体制を作るだけでも十分大変な作業なのだから。

結局、あなたがやらない限り、一切何も始まらないというわけだ。

そう、あなた自身が始めない限り。

オフィス中のゴミをひたすら片付ける作業を、ぜひ楽しんでいただきたい。

そして3つ目だ。ベンチャーを立ち上げると、あなたは人から「No」と言われ続ける。しかも、本当に何回も。

よっぽど長く営業の経験がある人じゃない限り、なかなかこれには慣れられないだろう。

Noと言われるのはあまり楽しいことではない。

あるセールスマンの死』とか『摩天楼を夢みて』なんかを見に行ってみてほしい。

起業とは、おおむね、あんなようなものだ。

従業員候補に始まって、投資家候補、潜在的顧客、パートナー候補、メディアの記者たち、アナリストたちなどから、繰り返し、繰り返し、Noと言われ続けることになるのだ。

例え「Yes」をもらえたとしても、そのうち半分のケースでは、2日後に再度電話がきて回答が「No」に変わる。

作り笑いの練習をしておいた方がいいぞ。

そして4つ目。人を雇うってことは、信じがたいくらいの苦痛を伴うものだ。

採用にあたってどれだけの数の「冷やかし客」を相手にしなきゃいけないかを知ったら、あなたはさぞや驚くことだろう。

起業に参加したいと志す人は少なくないけれども、いざHP社やアップル社での快適な仕事を離れるとなると、尻込みし、結局大企業にとどまることになるのがオチだ。

大企業で働く普通のエンジニアや中間管理職たちにとって、ベンチャー企業の選考プロセスを進んだり、転職に誘われたりすることは、たいそう刺激的なことだ。自分自身では何の苦労もしないで、擬似的にベンチャーのスリルを味わうことができるわけだから。

ベンチャー企業の創業者として仲間を採用しようとすると、こういう現実に、何度も何度も出くわすことになるだろう。

例えばこんな話しがある。ジム・クラークが起業しようと1994年に決断したとき、彼は、私を含めてシリコンバレーで働く10数人もの人たちに参加を呼び掛けた。ちなみにこれがのちにネットスケープになったわけだけれども。

この時ジムの話しに全面的に賛同し、最後まで「イエス」と言い続けたのは私だけだった(当時22歳だったし、イエスと言わない理由が特になかったからね)。

でも、残りの人たちはみな尻込みして、結局誰1人は参加しなかった。

ちなみにこの時ジム・クラークは、自ら創業したシリコン・グラフィックス社を大成功させ、すでに業界内で伝説の人物と崇められていたにも関わらず、だ!

ジム・クラークほどの実績がないあなたの場合、人集めがどれほどの困難な作業になるか、想像に難くないだろう?

さらに、大勢の「冷やかし客」たちの中から何とか数名を採用することができたとしても、結果的にその半分以上が採用としては失敗に終わることになるだろう。例えあなたにどれだけ人を見る目があったとしても、だ。

要はこういうことだ。おそらくあなたが採用した社員のうち半数以上は、思うように機能してくれない。怠け者すぎたり、仕事が遅すぎたり、ストレスに弱すぎたり、過剰に政治的だったり、躁鬱の気があったり、精神病だったりするだろう。

そうしたら今度は、腹を決めてそいつらと生きていくのか、それとも解雇するのかを、あなたが決めなければならない。

どれかおもしろそうに思える点はあるかい?

あなたに神の救いの手が差し伸べられることを祈りながら、5つ目を紹介しよう。ベンチャーを立ち上げたら、どこかの時点で、あなたは経営幹部を雇わなければいけなくなる。

エンジニアリング担当幹部、マーケティング担当幹部、営業担当幹部、人事担当幹部、法務担当責任者、財務担当責任者…こういった幹部を採用しだした途端、あなたは、「社員を採用するのには困難とリスクが伴う」という考えを改めることになるだろう。

6つ目は、労働時間の問題だ。

最近シリコンバレーでは、ワーク・ライフ・バランスについての議論が花盛りだ。一体どうしたら、「ベンチャー起業」と「充実した私生活」を両立できるかについての議論が。

個人的には、この流れには大いに共感している。

私の会社では(いや、少なくとも最近立ち上げた2社では、というべきかな)、あまりに多い業務量と労働時間によって社員たちが押しつぶされて床のシミになってしまうような事態を避けるため、できる限りのことはしているつもりだ。

ただ、これを実現するのは、実に難しい。

そもそもベンチャー企業においては、仕事の密度が信じられないくらい濃いし、どんなに最高の環境があったとしても社員たちは疲弊していくものだ。

そして、あなたがどれだけ社員のワーク・ライフ・バランスを大事にしたいと思っていたとしても、その理念を実現するのはそうそう簡単じゃない。だって、手元のキャッシュがなくなりかけていたり、製品がまだ出荷されていなかったり、出資を受けているベンチャー・キャピタルからこっぴどく怒られたり、社員の平均年齢が19歳のライバルベンチャーにすっかりやられっぱなしになったりしている時に、そんなことを言っていられる余裕はないからね。

ちなみに、ベンチャーにおいては、「そんな余裕がある」時期はほとんどないと思っていた方が賢明だ。

さらに、万が一社員たちのワーク・ライフ・バランスを守れたとしても、創業者であるあなた自身がそれを得るのは、到底無理だろう。

(ところで、敢えて付け加えておくけど、ストレスは長い労働時間によって増幅されるものだ)

7つ目に進もう。ベンチャーの企業風土というものは、実に簡単に変わってしまう。

この点は、このコラムで既に述べた、1つ目と2つ目のポイントとも関係してくるものだ。

先ほど紹介した「感情のローラーコースター」ってやつは、あなただけでなく、あなたの会社全体をもめちゃめちゃにしてしまう。

初めて顔を合わせたメンバーたちとの間で、自分たちの会社は一体何を重視するのか、困難や逆境にどう立ち向かっていくかについての共通認識を作り上げ、企業風土をある程度「固める」ためには、それ相応の時間がかかるものだ。

この作業が最高にうまくいけば、社員たちは驚くほどダイナミックに協力しながらお互いを支え合い、夢へ向かって一丸となって懸命に働いてくれることだろう。

でも最悪の場合は、社員たちの間に恨みや幻滅、シニシズム、士気の低下、経営への不満、そしてうつ状態が自己増殖してどんどん広がって行ってしまうことになる。

そして、こうなってしまったときに経営者たるあなたができることは、想像以上に少ないものなのだ。

通常ベンチャーがどちらの方向に進むことが多いについては、ご想像にお任せしておくが。

そして8つ目だ。ベンチャーをやっていると、突然現れた思いもよらない「ファクターX」によって、何一つ成す術なく完全に打ちのめされるってことが、かなり良くある。

例えば、株式市場の暴落。

テロリストによる攻撃。

自然災害。

資金面でも経験面でもハードワークぶりでも到底かなわないライバルベンチャーが、予想もしてなかったところからステルス機のように現れて、狙っていたマーケットを根こそぎ持って行った上に、あとには雑草ほどのチャンスも残されない、なんてことだってざらに起こる。

こういう「ファクターX」が現れた場合、かなり楽観的に見たとしても、資金調達の道が閉ざされたり、顧客が購入を延期したりキャンセルしたりといった憂き目をみることになる。そして最悪の場合は、会社そのものをたたむことになる。

ロシアのギャングがあなたの提供するサービスを使って何百万ドルものマネーロンダリングを行ったという理由で、クレジットカード業界に会社をつぶされるなんてことだってあり得るしね。

まさかそんなバカな、と思ってたりするかな?

OK。笑えるのは、私がここまで、一体どんな商品を作ればいいのかとか、製造や流通はどんな仕組みでやるべきなのかとか、ライバルたちに勝つためにはどうすれば良いのかとかって話しを、まだ1つもしていないってことだ。

ここまでの話しはまだまだほんの序の口。次回ポストからは、ベンチャーにおいて本当のコアな業務を始めた時に一体どれほどのリスクが待ち受けているのかについて論じていくことにしよう。

結びのたとえ:


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