1月 5
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いつも突っ走っていてその場その場でのOJTをやっているマネージャー(?)ですが、たまには人材育成についても体系だって考えてみたいと思っていたところで発売されて買っていた新書。合間合間の読書で途切れ途切れとなってしまいましたが、先日完読。

期待していた「体系だっての考え」は吸収できませんでしたが、今後に期待は持たせる著作でした。

「働く大人の学び」という分野自体が、学問として始まったばかりのためか、興味深い研究の蓄積が少なく、科学的な検証乏しい様々な理論がゴロゴロと散らばっているような印象でした。一般人が学問を学ぶ最大の理由は、体系だった理論・知識の吸収だと思うのですが、その「体系だった」ものが見当たらない分野のようです。しかし、その未開の分野に切り込む著者中原さん・金井さんという研究者の切りこんで行く姿勢と行動力の方に感心し、今後は学問としておもしろくなってくるかもという期待を持ちました。

主に経営者の観点でこの著書を読んでいた私が感じていた違和感は、中原さんはあとがきで正直に告白していました。

私は「企業人材育成」を研究しているのか、それとも「働く大人の学び」を研究しているのか、どちらの立ち位置にいるのか、時にわからなくなるのである。

上記のコンフリクトも解決するような「第三の道」を中原さんは目指されているようですが、「企業人材育成」も「働く大人の学び」もどちらも未成熟な学問分野であり、どちらかの分野でもいいので、体系だったもの、学問にしていただきたいと期待します。科学としては定量的研究がとにかく少ないという印象ですので、地道な定量的研究による理論検証・構築を積み上げていただくことが一番の期待です。

以下は気になったポイントのメモ;

  • p9: リフレクションを生かすには、ふたつのことが肝要だ。ひとつには、アクションとつながっていることであり、もうひとつは、節目にそれをおこなうというタイミングだ。
  • p91: この結果は、「仕事ができること」と「成長すること」が微妙に違うこと、そして成長には内省がいかに大きく貢献しているかということを如実に物語っている。
  • p122: コロンビア大学のジャック・メジローによれば「成人の学習」とは、「経験を解釈し、行為を決定するための解釈の枠組み(準拠枠)が変容すること」(中略)変容的学習が起こる契機になるのは、省察的対話であるという。そしてその際には、「ジレンマ」「葛藤」「焦燥感」といったネガティブな局面がとまなうとしている。畢竟、大人の学びは、「痛み」をともなうものなのかもしれない。
  • p127: 人がえらくなっていくのは、残念ながら、フィードバックが減っていくプロセスでもある。(中略)だから、社長、会長になる頃には、経済団体や財界の活動が大切になるのであろう。そこは先輩経営者もいれば、対等にフィードバックしあえる同輩レベルの経営者もいる。
  • p159: 日本を代表する企業経営者に「お忙しいので、考える暇がないでしょう」とお聞きすると、「毎朝、早起きして散歩している間に、結構真剣に考えていますよ」とおっしゃる方がいる。伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長もそんな一人で、散歩の時間を内省に充てておられる。
  • p211: 高津尚志さん(『Works』元編集長)の言葉を借りるならば、「会社は、社員一人ひとりに理念を浸透させたいと言うが、社員は誰も、理念を浸透させてほしいなんて思っていない」。その通りだと私も思う。
    →微妙。好きな会社・尊敬している会社であれば、そこの理念を好きになるというケースもあると思う。ボストンコンサルティンググループ(BCG)在籍時の自分は、BCGのミッションの”Insight, Impact and Trust”をよく噛みしめていた覚えがある。ちなみに、高津さん、ボストンコンサルティンググループで一緒に仕事したことあります。一度喧嘩しましたが、仲直りして飲みに行ったり。
  • p234: 一斉講義の学習効果には限界がある。ある講義を受講した生徒を5ヶ月後に呼び出し、「あの講義ではどんなことを学びましたか」と尋ねたところ、生徒は、講義で扱われた内容の事実や主題に関しては平均で2.1%、キーワードだけでも平均29.1%しか思い出せなかったという学習科学の知見もある。
  • p249: 夏目漱石が1914年に学習院で行った講演の記録『私の個人主義』
    漱石は、この講演の中で、大学で英文学を学んだものの、卒業してからも、教師になってからも、自分が何をしていいのか見当がつかずに懊悩した自分について語っている。(中略)ある日、ロンドンの下宿で、文学とは何なのかという概念を根本的に自分でつくり上げる以外に自分を救う道はないのだとようやく悟り、「自己本位」の四文字にたどり着いたのだという。
  • p320-322: 企業人材育成とは、究極のところ「企業の利潤追求のため」に存在する。(中略)働く大人として、どんなに洞察力があり、すぐれた気づきがえられたとしても、それが最終的に企業に利益をもたらなさければ、あまり意味をなさない。(中略)しかし、「企業人」であることを離れ、「ひとりの働く大人」として、自らの学びを振り返ると、話は単純ではなくなる。(中略)つまり、私の「煮えきらなさ」は、ここに生まれる。私は「企業人材育成」を研究しているのか、それとも「働く大人の学び」を研究しているのか、どちらの立ち位置にいるのか、時にわからなくなるのである。

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